2012年5月30日水曜日

さえずりの谷に暮らす


5月頭からヤマ学校の拠点兼蜘瀧仙人(スパイダー)氏の居住地『さえずりの谷』に滞在している。
歌津の中心地である伊里前にありながら、車道から200mほど奥まった谷間の休耕田にあるため、秘境の趣のある場所だ。

もともと子供たちのサバイバルキャンプや自然遊びの場として始まった拠点のため、電気や水道はない。水は飲み水を事務所として使っているテント商店街から運ぶ他は、雨水や川の水を使う。電気は照明としてソーラー発電や電池式のライトがあるのみで、事務所まで行かないと電源はない。住居としての建物は無く、テントでの生活だ。

文明的なシステムやツールとは程遠い分、むき出しの自然が生活と隣り合わせに存在する。日照・降雨・湿気・風力がその日の活動内容とタイムスケジュールを決める重要な要素になる。日が照れば、田んぼの湿気や川での活動で濡れた物を天日で干し、強風の予報があれば、物が飛ばないよう固定する。注意しないと強風で物が無くなったり壊されたり、水や湿気で使い物にならないものが出たりする。ここ最近では爆弾低気圧や記録的な大雨もあった。
スパイダー氏愛用のマグカップに書かれた宮沢賢治の『雨ニモ負ケズ』を体現する世界だ。「雨ニモ負ケズ 風ニモ負ケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモ負ケヌ丈夫ナカラダヲモチ」今までこの言葉を逆境に負けないという比喩くらいにしか捉えていなかったが、厳しい自然の中で生活する現実として身に迫る。暑かったら冷房のある部屋で涼むのではなく、暑さに耐えられる知恵と体温調整機能を身につけなくてはならないのだ。

自然の中で生活するというのはもちろん辛いことばかりではない。様々な喜びと発見がある。昨日と今日、今朝と今の違いを強く感じる。アマガエルが一斉に産卵した昼下がり、名も知らないイネ科の植物が一気に伸びた二日間、その年初めてシマヘビを見た日、大雨の後の川の氾濫と引いていく様子を目の当たりにした一日。この地に生活しているだけで目に飛び込んでくる自然の変化に強く魅かれる。この場を数日でも離れるということに、連続ドラマを見逃すような口惜しさを感じる。いや、ここではドラマの視聴者ではなく、登場人物になれるのだ。
大雨はやっかいなこともあるが、工夫次第で大助かりだ。さえずりの谷には水道がなく、事務所には外水道がないため、作業で泥だらけになったものを洗う方法が懸案事項だったが、大雨の日に物置小屋の屋根に降った水をドラム缶に溜める簡易貯水システムを作ってからは洗い水に苦労していない。
外灯が全くない谷では、通常の夜はヘッドライトが必須だ。ところが満月の夜は影ができるほど明るくなるなめ、ライトを消す。必要か不必要かに関わらず電気を垂れ流しにする都会の外灯と違い、必要な時必要なだけ自分の判断で照明をつける。暗闇に目が慣れているため、月明かりだけでも十分見えるのだ。
晴れれば気温が上がる最近は食べ物の保存方法も考えなくてはいけない。冷蔵庫がなく、テントの中は高温になる環境で、食べ物を腐らさないようにすればどうすればいいか。水の気化熱でかなり冷えるはずだ。森の中に非電化冷蔵庫を作ろうという話をしている。
このように自然の力をどのように自分たちの味方につけるかと考えるのは楽しい。

地震・津波・暴風・洪水などの自然現象を「災害」と捉えるのは、その土地に居住し財を蓄えている人間の視点だ。自然現象そのものを無くせないならば、それを「災い」にしない知恵や生き方を構築すればいい。自然現象から隔離され安定したハイリスクハイリターンな暮らしを求めるより、自然現象に柔軟に応じるちょっと手間のかかる暮らしをする方が有事には強い。
次の大きな津波に備えて国が建設しようとしている高い堤防に対して、地元住民からは疑問の声が上がっている。「今回、海の見えない所に住んでいた人たちが多く犠牲になった。堤防を高くして津波の襲来が見えなくなったら、避難が遅れて被害が大きくなる」と。さえずりの谷での生活の中でその意味を実感した。外界と布一枚しか隔たりの無いテントの中では外の様子が良く分かる。どのくらいの雨か風か。物が飛ばされて壊れたり、浸水する可能性があるか。建物の中にいるとどんなに大雨が降っていようと、わざわざ窓から外を見ないと分かない。知らないうちに誰かが何かが傷ついているかもしれない目隠しの状態。その状態に違和感を感じるようになった。

被災地で、自然と伝統文化を通して生きる力を養うヤマ学校の活動をする上で、自然と隣り合わせの暮らしで培った感覚が活かされるのは間違いない。
そして、再び「災害」に出会うかもしれない歌津の子どもたちと、これから先「災害」を経験するかもしれない多くの日本人が自然の中で暮らすことから学ぶ意義は大きいだろう。



(by さっちゃん)